2006年06月

2006年06月09日

「お相手高望みの旅」は人生を”険しく寂しく”させる?!

こんにちは!
笹竹 政村です。


唐突ですが・・・

男女の出会いにおいて
「お金や時間をよりたくさん投資すれば、
理想に近い人に出会える・・・とは限らない」

という冷徹な真実について
今日はまた一から考えていきましょう。


賢明な皆さんならそのようなことを
私から今更、繰り言のように言われるまでもなく
解かっていらっしゃると思います。

しかしあまりにこれまで
「異性運がなかった」などの理由で、
「出会い」とは、そして「恋愛」とは
という基本的な部分を履き違えている方に

「金を使えば使うだけいい相手にめぐり会えるはずだ・・・!!」

そうココロの中で叫び、結婚相談所を掛け持ちし
大金をつぎ込んでいる方も(概して30〜40代男性に多いようです)
この国には存在する・・・ということを文献等で知りました。

このブログを始めたばかりの頃の記事にも
結婚相談所に湯水の如くお金をつぎ込む前に成すべき事、

<それは”非・恋愛体質”から”恋愛体質”への脱皮を図り
自己維新を遂げることだ>と強調してきましたね。

私も結婚紹介業全てを否定する
思想の持ち主でもありませんし
何ごとも新しいことを始める時には
お金が要るものだ―ということくらいは理解しています。

ですが、出会いの形が多様化する中で
片っ端に様々なチャネルに登録して
なけなしの軍資金を投資し続けても

理想のお相手に辿り付けるかは
甚だ疑問符をつけざるを得ません。

結婚相談所にしても
ネット見合いにしても
或る程度のリサーチ期間を経たなら

「よし、ここで決めてやる!」とハラを括(くく)り
勝負する、そして妥協すべきは妥協する。

あくなき「お相手高望みの旅」は
むしろ人生を”険しく寂しく”させるとは思いませんか?

どうも私にはそんな気もしてしまうのですが・・・。


笹竹 政村でした。
明日もよろしくお願いします。

kokasita at 19:25|PermalinkComments(10)TrackBack(0)出会い | 恋愛

「普通の人では結婚できない!」という言葉の意味

こんにちは!
笹竹 政村です。


だいぶ前にネットサーフィンをしていた時、
ある結婚問題を取り扱うサイトで
「現代は普通の人では結婚できない!」

という何とも激しい論調の言葉が踊っていたことを
今でも覚えています。

それ以上のことはよく読みませんでしたが
果たして実際はどうなのか
今日はこのキーワードをピックアップして
考察を深めていこうと思います。

「普通の人」・・・、

恐らくこの筆記者が言わんとすることは
比較的スムーズに結婚できた(するのが自然だった)
”団塊の世代”からそれ以降の
昭和30年代に生まれた人たちの世代において

語弊を恐れずに書けば、
「特筆に価する人的魅力も富裕な経済力も
問われず結婚できた・・・」。

彼ら(彼女ら)のような一般ピープルを
「普通の人」と呼称しているような気がします。

前述した人的魅力、或る程度の経済力は言うに及ばず
異性に対する理解力や、両性の親の老後問題、
家庭における役割分担など要求される能力は増える一方です。

様々な条件をお互い抱えて
婚前に対峙(たいじ)するようになった当世において、

適齢期を迎え・・・ないし過ぎつつある
男女がうまく結婚という名の契約を
まとめ上げていく作業は

確かに「団塊期世代の普通の人」の想像を絶する
厳しさがあるといわざるを得ません。

そしてその「団塊期世代の普通の人」の息子、娘たちも
そろそろ適齢期に差し掛かってくる現実は何とも皮肉でもあります。

「普通の人では結婚できない!」という言葉は
「普通以上に魅力や経済力がなければ結婚できないのだ!」
というような一種、差別的な意味で例のサイトの筆記者が
書いたものでないことを私は信じたいです。

笹竹 政村でした。
今日(9日)はもう一発、続けてアップします。

いつも有難うございます。


kokasita at 16:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)晩婚化 

2006年06月07日

ブロガー文化の花が咲く

こんにちは!
笹竹 政村です。

前回は「ゲーセンと牛丼屋が男の野性を殺した???」と題し、
バーチャルリアリティに男児が戯れるようになってから
男の性というものが去勢されはじめたのでは・・・

と仮説を打ち出し、
皆様にその真偽を問わせて頂きました。
(詳細は前回の記事をご覧下さい)

いつも書き込んで下さる
サイアミーズさんは

<ヒルズ族のような華やかな世界で、女子アナやスッチーと合コンをする男性がいる。
その一方で、アキバ系キモヲタがメイドカフェにタムロしている…。
野生的な男性と、そうでない男性の二極分化が進んでいるのだと思います>

と大変示唆に富む指摘を展開してくれました。
(因みにこのブログは、アメブロ、楽天、ライブドアの三社を
使用し、発信してますので念のため(^^;)

私の前回の文章には
(ホント好きじゃない分類の仕方ですが
便宜上やむなく使います)
負け犬(組)ばかりを焦点に充て

一気に綴ってしまった感がありますが
サイアミーズさんのご指摘のとおり、
一方で「我が世の春」とばかり
この時代を謳歌している所謂(いわゆる)
勝ち組が存在すること・・・。

そしてその指摘にはなかったですが、
私が思うにかなりの部分、
どちらとも分類しがたい
中間層とでもいうべき人々が存在するのも
厳然たる事実ではないでしょうか?

男の殺がれた野性について
考証を一度、こうして加えてはみましたが
どうやら前回の記事は

一側面のみを俯瞰(ふかん)した
スケールの小さなもので
終わってしまったようです。

ですが私のこのブログのテーマ
「晩婚化社会における結婚問題」を
掘り下げていく上で

「殺がれた男の野性」についての考証は
不可避な問題と思われますので、

さらに学習を積み、
近日、再び肉迫できるよう精進します(^^)v。

ブログを初めて一ヵ月超、
今、強く感じるのは

本当に多くの方々(ブロガ−)が
それぞれの得意テーマを題材に毎日、
<小さな情報発信局>となって

センテンスを連ねている様は
いまさら言うまでもないことですが
物凄いことですし、

大変な文化が花開いたものだと
自分が参加してみてつくづく実感した次第です。

より精度の高い、
皆様の為になる情報を発信できるよう
肝に命じて今日のブログを終わります。

明日からもよろしくお願いします。
笹竹 政村でした。


kokasita at 14:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)雑感 

2006年06月05日

ゲーセンと牛丼屋が男の野性を殺した???

こんにちは!
笹竹 政村です。

昨日はノンフィクションライター白河桃子氏の言葉を紐解き、
現代の適齢期男性の、女性に対する「口説き力」が衰えた
との指摘に対し、私なりに精一杯の反証を加えました。
(詳しくは昨日のブログをご覧下さい)

ただ、「元気のいい男性が少なくなった」との指摘に対しては
私も返す言葉が見つからず、このブログの読者の女性からも

「知り合いの外国人から日本の男の目が死んでいるとよく言われる」

というショッキングな書き込みもありましたので、
今日は、「21世紀に生きる男の元気!」の状態について
雑感を述べさせて頂こうと思います。

(人類学的見地から考察しても、大変深奥なテーマですので
今の私には正面から分析を加える力は全くありません(汗、
ゆえにあくまでも”雑感”です)


バブル景気華やかしき80年代後半、
時代を代表した戯曲家・鴻上尚史が
このような言葉を遺しました。

「劇場もライブハウスもディスコもバーも女ばっかりだ。
男はゲームセンターと牛丼屋にしかいない」

文化の発信基地にあふれかえっているのは女子ばっか、
男は刹那(せつな)的なゲーセンや、パチンコ、パチスロの類いで
バーチャル世界への逃避を深め、

飯ですらも美味しい店やいかしたスポットを開拓するわけでもなく
吉野家や松屋に入り浸っている・・・

そんな男の置かれた状況を実に巧く表現した
言葉として、今も忘れず覚えていました。

ゲームセンター、牛丼屋・・・。

80年代も21世紀の今も
男の性を去勢しているものの
キーワードとしてこの二つの名詞は
見事ランクインするものなのかも知れません。

この二つの言葉から連想される重要キーワードを
以下に散りばめてみます。

刹那(せつな)的、享楽(きょうらく)的、堕落的、向上心のなさ、清潔感の欠如、
安易、劣等感、暇つぶし、非建設的・・・etc

註)ゲームセンターやパチンコ店など、
並びに牛丼チェーン関係各位には
誤解のない様、申し上げておきますが、

皆様の職場に対して罵詈雑言を浴びせようと
意図しているものでないことはご理解ください。

それら遊興施設と牛丼屋にしか行けなくなった男の”性”の
彷徨(さまよ)える実態に肉迫したかっただけなのです。
どうぞお許しください。


さて続けさせていただきます。
心ある方なら、先ほど私が列挙したキーワードを
ご理解頂けたかと思います。

女がどんどん、文化の前衛に足を踏み入れて
自己発見を繰り返しているのに対し、
男は完全に守勢、
自己の慣れた環境から脱却しようとしない・・・。

所謂(いわゆる)ホンモノのオタクはさし置いても
大概の適齢期男子の総オタク化が進行したのが
80年代〜2006年の現在(いま)ということが
いえるのではないでしょうか?

男児去勢の最大の武器・・・
それはSFチックなことを言ってしまえば
ファミコン、アダルトビデオに端を発した
80年代初頭のバーチャルリアリティの草創期に
揃い踏みしたそれら「子供の神器」によって

男の子達の野性がどんどん刈り取られて行ったと
仮定するのは乱暴でしょうか?

難しい問題です。そうだと決め付ければ
任天堂やナムコが国賊ということになってしまいますし・・・。

ただバーチャルリアリティにあまりにも
幼い頃から晒されている今時のニート君達に至っては、
元気がなさすぎなのはいうまでもなく・・・、

やはり無関係ではないでしょう・・・!

笹竹 政村でした。
明日も読んでくださいね(^^)。

2006年06月04日

男の「口説き力」は本当に衰えているか?

こんにちは!
笹竹 政村です。

「こんな男じゃ結婚できない」などの著作で知られる
ノンフィクションライターの白河桃子氏は

『最近の男性は元気がなく(女性への)口説き力が衰えている。
関係性を作れない点が未婚化に影響している』
と結婚できない男性に対して手厳しい持論を展開しています。

お話を聴いていて私もいささか納得しかけたのですが、ふと
「その指摘はあまりに平板でステレオタイプな
お説ではないか」という疑問がムクムクと生じてきました。

対照とする時間軸をいつに置くかでも
話は根本的に変わってきてしまいますが

<日本男児>が歴史上で駆け巡った時代を対照とすれば、
その時代は確かに男は元気に満ち溢れ、

夢に向かってばく進していたことは明白で、
昨今の男は元気があまりにもなさ過ぎるということは
いうまでもないことです。

ですが口説き力は、ちゃんとその頃の<日本男児>に
備わっていたとは私には到底、思えません。

現代女性がある意味、
無骨な<日本男児>の振る舞いを容認する筈もなく

あらゆる意味で、女性に対して優しさを具有するようになった
現代の男性の方が、まだ少しは口説き力も備えているのではないか?

・・・などと私は思ってしまうのですがどうでしょう?

女心をより理解しようと努力する姿勢が
男性に普遍的に見られるようになったのは、
バブル期においても90年代においてもまだまだ少数派、

晩婚化が本格的に忍び寄り始めた
2000年以降、どのようにしたら女性に理解され

結婚に至れるのか真剣に考える層が
ここにきてかってないほど増えている・・・、

口説き力をアップさせ自己維新を目指す
男性は今、全国に急増中な一面もあることは

白河氏にももう少しポジティブな要素として
知っておいてもらえれば・・・と感じました。

しかしながら、繰り言になりますが
元気がないといわれれば
みんながみんなそうではありませんが、

ある意味、そういわれても仕方ない部類の諸君も
増えているのは否定できない点かもしれません。

笹竹 政村でした。
明日も読んでくださいね(^^)。

2006年06月02日

「子供が生まれない社会」を何としてでも打開すべし!

こんにちは!
笹竹 政村です。

昨日は更新を休んでしまいましたが、
その間隙を縫って非常に厳しいニュースが
飛び込んできましたね。

わが国の出生率、さらにダウンし
1.25へ・・・という内容。

本格的な少子高齢化の実感は
まだまだ痛切なものとはなっていない感が
ありますが

これから年を追うごとに
ジジババ増えたなあ、
赤ちゃん、子供減ったなあと

昨今の異常気象を実感するかのごとく
(少し間の抜けた例えで恐縮です)
強く印象に残る時代を迎えていくのでしょう。

やはり私が常日頃からこのブログを通して
晩婚化の解消を目指し、訴求しているような
取り組みは正しいベクトルにあると
背中を押される思いです。

子供が生まれない社会は
社会自体の衰退を意味します。

なかなか結婚できない社会が
大きく少子化に悪い意味で貢献しています。

なんとかこの悪しき流れをくい留めて
いかねばなりません。

無能な国の施策はあてになりません。
みんなで知恵を絞りあって
この難局を打開していきましょう!

笹竹 政村でした。
明日も読んでくださいね(^^)。


kokasita at 22:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)少子化